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はじめに
皆さまも、インターネットで商品を購入する機会が、以前よりずっと増えたのではないでしょうか。いつでもどこでも欲しいものが手に入り、すぐに届く。私たちの暮らしはどんどん便利になっていますね。しかし、その一方で、この便利なサービスの裏側を支える物流倉庫は、実はかつてないほど忙しい日々を送っており、大きな課題に直面しているのです。
EC(電子商取引)、つまりインターネットを通じた商取引が私たちの生活に浸透するにつれて、物流倉庫で扱う商品の量は想像を絶するほど増え、その種類も本当にさまざまになりました。それなのに、倉庫で働く人の数はなかなか増えず、慢性的な人手不足に悩まされています。その結果、働く人の負担が増えたり、思わぬミスが起きやすくなったり、全体の効率が思うように上がらない…といった問題が、残念ながら深刻になっているのが現状です。
倉庫内業務の自動化の全体像について
物流センターの業務フローや各業務プロセスの自動化を実現するロボットについては、以前の記事でくわしくお話ししています。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。
倉庫の仕事と一口に言ってもさまざまですが、なかでも特に大変なのが、お客さまから注文のあった商品を棚から一つひとつ探し出して集める『ピッキング』という作業です。これはまるで、巨大なスーパーマーケットで買い物リストの商品をひたすら集めるようなもので、時間も手間もかかり、人手不足の影響を直接的に受けてしまうのです。
そこで、この大変なピッキング作業を自動化し、倉庫全体の仕事の流れをスムーズにするための切り札として期待され、導入が進んでいるのが、「ピースピッキングロボット」です。このロボットは、カメラやセンサー、そして器用なロボットアームを組み合わせて、まるで人間のように商品を一つひとつ見分け、掴んで、運ぶことができるんですよ。
ピースピッキングロボットを導入することで、物流倉庫はどのような変化を期待できるのでしょうか? 主なものとして、以下の3つが挙げられます。
人手不足の悩みを軽くする:
ロボットがピッキング作業を手伝ってくれるので、人手が足りないという悩みの解消に繋がります。作業効率がぐっと上がる:
ロボットは疲れ知らずで、人間よりも速く正確に作業を進められるため、ピッキング作業の効率が大幅にアップすることが期待できます。コストを抑えることにも貢献:
人件費を抑えられるだけでなく、作業ミスによる損失を減らし、倉庫全体の稼働率を高めることで、結果として大きなコスト削減に繋がる可能性があります。
この記事では、そんな頼もしいピースピッキングロボットが、一体どのような仕組みで動いているのか、その構成要素などを一緒に見ていきたいと思います。もし、皆さまが「ピッキング作業の自動化、うちでもできないかな…」とお考えだったり、「ロボット技術って面白そう!」と興味をお持ちだったりするのでしたら、この記事が少しでもお役に立てれば嬉しいです。
最新のピースピッキングソリューションについて
当社で実施したドイツ視察に関する報告記事はこちらです。今後、導入事例が増えていくと思われるピッキングロボットについて紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。
LogiMAT2024視察:ピッキングロボット
ピッキングロボットの標準的な構成
まるで人間のように器用に商品を掴むピースピッキングロボットですが、一体どのような仕組みになっているのでしょうか。ここでは、その『頭脳』ともいえるソフトウェアと、『身体』にあたるハードウェアの構成要素を、一緒に見ていきましょう。
センサー
ロボットの『目』や『触覚』のような役割を果たし、周りの状況や対象となる商品を認識します。人間の五感でいうと、視覚や触覚にあたる部分ですね。
視覚センサー:
主にカメラが使われます。色を見分けるRGBカメラのほかに、対象物までの距離を測れる深度カメラや、ものの形を3次元で捉えることができる3Dカメラなどが活躍します。力覚センサー:
商品に触れたときの力や圧力を感じ取り、「これくらいの力で持てば大丈夫」という情報をロボットにフィードバックします。優しく、でもしっかりと商品を掴むために欠かせません。その他センサー:
例えば、距離を測る距離センサーや、何かに触れたことを検知する接触センサーなどがあり、ロボットが安全に、そして正確に動くのを助けています。
ロボットアーム
まるで人間の『腕』そのもの。器用に関節を動かして、商品を掴んで移動させます。
関節:
複数の関節を組み合わせることで、人間の腕のようにしなやかで自由な動きを生み出します。関節の数が多いほど、より複雑で細かい動きができるようになります。アクチュエータ:
関節を実際に動かすためのモーターや、動きを調整する減速機(ギア)などの装置です。ロボットアームがどれくらい広く、速く、正確に動けるかは、このアクチュエータの性能にかかっています。コントローラ:
ロボットアームに「こういう姿勢をとって」という指示を出し、その通りにアクチュエータを制御する、いわば『小脳』のような役割を担います。
エンドエフェクタ
ロボットアームの先端に取り付けられ、実際に商品を掴んだりする部分です。いわばロボットの『手』にあたる部分ですね。
グリッパー:
商品を掴むための装置です。商品の形や材質、どういう作業で使うかに合わせて、さまざまな種類のグリッパーが開発されています。代表的なものには、掃除機のように吸い付けて持つ吸着型、2本の指で挟むように持つ平行爪型、より人間の手に近い動きができる多指型などがあります。ツールチェンジャー:
作業内容に合わせて、複数のエンドエフェクタ(手先)を自動で交換できるようにする装置です。例えば、「この商品は吸着型で掴んで、次の商品は平行爪型で掴む」といった作業を、ロボットが自分で判断して手先を交換しながら進めることができます。
その他ハードウェア
- 産業用コンピュータ:
画像データの処理や分析、商品の認識、外部のシステムとの通信など、ロボットアームに付属するコントローラだけでは難しい、より高度な計算処理を担当する『もう一つの脳』のような存在です。
画像処理・解析ソフトウェア
センサーが集めてきた情報をもとにして、周りの状況や対象となる商品を認識します。
物体認識:
ピッキングする商品を、形、色、表面の模様といった特徴から、「これはあの商品だな」と見分けます。位置・姿勢推定:
対象の商品が、3次元空間のどこに、どんな向きで置かれているのかを正確に計算します。
動作計画ソフトウェア
ロボットアームが、どのように動けばよいかを計画します。
経路計画:
周りにある障害物を上手に避けながら、最も効率よく商品のもとへたどり着くためのルートを計算します。把持計画:
商品を安定して、かつ優しく掴むために、グリッパーをどのくらい開閉させるか、どこを掴むか、どれくらいの力で掴むかを計算します。
ロボット制御ソフトウェア
上で立てた動作計画に基づいて、ロボットアームやエンドエフェクタ(手先)の動きを実際にコントロールします。
アーム制御:
各関節の角度や動くスピードを正確にコントロールし、滑らかで確実な動きを実現します。グリッパー制御:
商品を傷つけずに、でも落とさないように、絶妙な力加減で掴むように制御します。
その他ソフトウェア
ロボットを実際の倉庫業務にスムーズに組み込み、より柔軟で高度な使い方を可能にするための機能も提供します。
データ連携:
倉庫管理システム(WMS:Warehouse Management System)や倉庫実行システム(WES:Warehouse Execution System)、倉庫制御システム(WCS:Warehouse Control System)といったさまざまなシステムや、コンベヤなどのマテハン機器(物流業務を効率化する機器)と情報をやり取りします。設定機能:
ユーザーの方や、ロボットを導入する専門業者、システムを構築するインテグレーターが、ロボットの設置や設定変更を行うのをサポートします。管理機能:
ロボットがきちんと動いているかを見守ったり、設定を変えたり、ソフトウェアを最新の状態に更新したりと、ロボットの日々の運用を助ける機能です。
ピースピッキングロボットの動作の流れ
では、実際にピースピッキングロボットは、どのようにして一つひとつの商品を正確にピッキングしていくのでしょうか。ここでは、その一連の動作の流れを、8つのステップに沿って見ていきましょう。まるでオーケストラの指揮者のように、倉庫管理システム(WMS:Warehouse Management System)などからの指示を受け、ロボットは黙々と、しかし確実に作業を進めていきます。
ピッキング指示の受信:
まず、ピースピッキングロボットは、WMSなどの上位システムから「どの商品を」「どこから取って」「どこへ運ぶのか」という具体的な指示を受け取ります。この指示には、商品のIDや、商品が置かれている棚やコンテナの場所、運び先の梱包箱やコンベヤの位置などが含まれています。商品の到着を待つ:
次に、ロボットは指示された商品が自分の作業エリアに運ばれてくるのを待ちます。商品は、コンベヤやAGV(Automated Guided Vehicle:無人搬送車)などによって、ロボットの目の前まで運ばれてくることが多いです。商品の認識:
商品が到着すると、ロボットに搭載されたカメラやセンサーが、商品の形、大きさ、置かれている位置、向きなどを詳細に認識します。このとき、画像処理技術やAI(人工知能)技術が活躍し、複雑な情報の中から必要な特徴を捉えます。置く場所の認識:
商品を掴むと同時に、どこへ運ぶのか、つまりピッキング先となる梱包箱やコンベヤなどの位置もしっかりと認識します。こちらも、カメラやセンサーが使われます。動作計画の生成:
集めた情報に基づいて、ロボットは「商品をピッキングして、指定された場所へ安全かつ効率的に移動させる」ための最適な動作プランを瞬時に作り上げます。この計画には、ロボットアームをどう動かすか、グリッパーをいつ開閉させるか、どれくらいの力で掴むか、といった細かい動作指示が含まれています。掴む、持ち上げる、置く:
生成された動作計画に従って、ロボットアームがスッと動き出し、グリッパーで商品を優しく、しかし確実に掴み、持ち上げて、指定された場所に正確に置きます。このとき、力覚センサーなどが働き、商品に無理な力がかからないように、絶妙な力加減で作業を行います。初期姿勢に戻る:
商品を置き終えると、ロボットアームは次の作業に備えて、また周りのものにぶつからないように、素早く元の安全な位置(初期姿勢)に戻ります。完了通知の送信:
一連のピッキング作業が無事に完了すると、ロボットはWMSなどの上位システムに「作業が終わりましたよ」という完了通知を送ります。これを受けて、システムはまた次の作業指示をロボットに送ることができる、というわけです。
従来技術の限界
これまでも、産業用ロボットは決められた作業を正確にこなす能力に長けており、特に工場のような場所では大活躍してきました。工場では、扱う部品や製品がある程度決まっていて、いつも同じように供給されることが多いですよね。そのため、ロボットはあらかじめプログラムされた通りに、効率よく作業を進めることができました。
では、ECサイトの商品を扱う物流倉庫ではどうでしょうか? 実は、工場のようにはいかない、いくつかの『壁』があるのです。
EC市場向けの物流倉庫には、衣料品、食品、日用品、家電製品など、形も大きさも重さも材質も、本当にバラバラな商品が、それこそ数千、数万種類も保管されています。しかも、流行の移り変わりや季節の変化に合わせて、新しい商品も次々と入荷してきます。つまり、ロボットが対応しなければならない商品の種類は、常に変化し続けているのです。
このような、変化が多くて予測しづらい環境では、従来の「あらかじめ決められた動きを繰り返す」タイプのロボットでは、なかなか対応しきれない課題が出てきてしまいます。具体的には、どのようなことでしょうか。
複雑な形状・荷姿への対応
皆さまもご経験があるかもしれませんが、お菓子の袋のようにフニャフニャしたものや、ぬいぐるみのようにつかみどころのないもの、あるいは細長いケーブルのようなものは、人間でもちょっと扱いづらいですよね。従来のロボットは、どちらかというと箱型のようにカチッとした形のものを扱うのが得意だったので、こういった不定形な商品や、柔らかい素材の商品は、うまく認識したり掴んだりすることが難しい場合がありました。
バラ積みピッキングへの対応
物流倉庫では、限られたスペースを有効活用するために、商品を棚にきれいに並べるのではなく、コンテナやケースの中にまとめて積み上げて保管することがよくあります。これを『バラ積み』と呼んだりしますが、この状態では商品同士が重なり合っていたり、斜めに傾いていたりするため、ロボットが個々の商品の正確な位置や向きを把握するのが非常に困難になります。まるで、パズルのように入り組んだ商品の中から、目的のものだけを正確に取り出すのは至難の業、というわけです。
最適な把持位置・力の判断
例えば、卵のようにそっと持たなければならないものもあれば、ある程度の力でしっかり掴まないと落としてしまうものもありますよね。人間なら、商品の見た目や触った感じで、自然と掴む場所や力加減を調整できます。しかし、従来のロボットにとっては、商品の材質や形状に応じて「どこを」「どれくらいの力で」掴むのが最適なのかを判断するのは、とても難しいことでした。そのため、商品を傷つけてしまったり、うまく掴めなかったりすることもあったのです。
さいごに
ここまで、ピースピッキングロボットがどのような部品でできていて、どんな流れで作業するのか、そして従来のロボットがどんなことで悩んでいたのか、一緒に見てきました。いかがでしたでしょうか。
ピースピッキングロボットは、センサーやロボットアーム、エンドエフェクタといった『身体』となるハードウェアと、画像処理・解析や動作計画、ロボット制御といった『頭脳』となるソフトウェアが、まるで人間のように複雑に連携することで、大変なピッキング作業の自動化を実現しているのですね。
しかし、お話ししてきたように、従来のピースピッキングロボットは、
- お菓子の袋のようにフニャフニャした商品や、複雑な形をした商品の扱いにくいさ
- 箱の中にランダムに積まれた『バラ積み』状態からのピッキングの難しさ
- 商品を傷つけずに、でも確実に掴むための最適な持ち方や力加減の判断の難しさ
といった、いくつかの『苦手なこと』を抱えていました。
ですが、近年急速に進化している『生成AI』という新しい技術が、これらの課題を乗り越え、ピースピッキングロボットの可能性を大きく広げようとしています。深層学習やマルチモーダルAIといった技術の進歩によって、これまでのロボットでは考えられなかったような、より高度で柔軟な作業も夢ではなくなってきているのです。
生成AIを活用することで、ロボットはもっと複雑な形の商品も的確に認識できるようになり、ごちゃ混ぜに置かれた商品の中から目的のものを素早く見つけ出すことも可能になるかもしれません。さらに、商品の材質や形に応じて、まるで熟練した人間のように、最適な方法で商品を掴むことができるようになるでしょう。
次回の記事では、この『生成AI』という魔法のような技術によって、ピースピッキングロボットがこれからどのように進化していくのか、そして私たちの物流倉庫の未来の姿をどのように変えていく可能性があるのか、ワクワクするようなお話を具体的な事例を交えながらお届けしたいと思います。どうぞお楽しみに。
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当社について
BLUEDGE(ブルーエッジ)では、 「あるべき姿」をともに描くコンサルティング と 「あるべき姿」をカタチにするシステム開発 を通じて、お客様の戦略策定から実行までを一貫体制でご支援しています。日本ロジスティクスシステム協会(JILS)会員。
著者プロフィール
守谷祥史(Shoji Moriya)
BLUEDGE合同会社 代表社員CEO。15年以上にわたり製造業、小売・流通業、物流業などを中心に幅広い業界に対する事業/IT戦略の立案と業務改善、システム導入など実行に関するコンサルティングに従事。現在は、主にサプライチェーン・物流分野におけるソフトウェア、クラウド、AI、ロボティクスなどテクノロジー活用に関するコンサルティングとシステム開発を専門としている。